この文章を作成している時点(1/30)ですが、今、「サロン」が終了しました。
そのすぐ後に隣の自習室でこのブログを書き始めました。
良い感じでボケていますが、東京タワーが見える自習室↓です。
先ほどのサロンの主役は江戸研究の第一人者「石川英輔」先生です。
その進行役が、竹中平蔵さんでした。
サロンの内容は、
書籍『江戸と現代 0と10万キロカロリーの世界』、 著者『石川英輔』(講談社)
についての講演と質問会で、この本を読んで参加します。
所要で、この会の後半しか参加できなかったのですが、遅れてでも来られて良かった。
石川さんの博識(江戸について知りすぎ?)と竹中さんのユーモアセンスが最高に面白かった。
[やっぱり、テレビより生!!ですね。]
で、本の概要は、Amazon.co.jpのコメント(出版社/著者からの内容紹介)を引用すると、
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私たちの暮らしは、10万倍、豊かになったのだろうか。便利な暮らしと引き替えに得たものと失ったもの。この豊かさに、私たちはいつまで耐えていけるだろう。
●乗る:駕籠に乗る・歩く→自動車・電車・飛行機 ●冷やす:保存しない・冷やせない→冷蔵庫 ●伝える:飛脚→郵便・電話・電子メール ●照らす:行灯→電灯
0キロカロリーで暮らしていた江戸時代から、10万キロカロリーを消費する現代へ。江戸期の多数の図版で見ながら今の暮らしに潜む危険を検証。
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江戸の0キロカロリーとは、人力を利用し、天然物を使うだけなので、自然界のエネルギー収支は「0」との考え方でした。
しかし、「江戸時代、人はそれなりに不自由さを感じず、それなりに満足して暮らしていた。」、「今の世の中を想像できるはずもなく、自動車に乗りたいなどとは思っていなかった。」
私が印象に残ったのは、
『しょせん人間は、「起きて半畳、寝て一畳。飯を喰っても五合半」の動物。』
[今の私たちは、何を目指しているのでしょうね?何を急いでいるのでしょうね?]
石川さんは、江戸時代がいかに合理的で、楽しく、豊かに暮らしていたかを熱く語る人でした。
「人はいくら贅沢しても、今の2倍は食べる必要が無い。」、「靴は5足でよい。」、「今の時代が贅沢すぎる。」、「夏は暑く、冬は寒いもの、環境破壊よりは、しもやけがまだまし。」
[当たり前のことのようですが、最近聞かなくなったコメントですね。]
この本の内容といい、サロンの会場では「人は生活レベルを上げると、それを下げることはできない。」「CO2排出量の多い中国で、豊かになる代償が地球破壊だといっても無理なことと同じ。」との雰囲気になり、一時、出口が見えない状態でした。
そこで、竹中さんが私を指して、質問の機会をくれました。
[あの
竹中大臣http://takenakaheizo.cocolog-nifty.com/と時間をともに出来ただけで満足だったりして?]
(私)「乗り物、電気、伝達など、豊かさを知った人は昔の苦労に戻ることはしないとのことですが、
石川先生は今後よくなる兆し(光)を感じたことはありませんか?」と質問しました。[自我自賛?]
(石川先生)「今使っている風呂は昔のもので、最新のものにしようとしたが、昔のものは小さくて良い。それは湯が少なくてよい、ガス燃費が良い、小さくて掃除が楽。人にはちょうど良いレベルが有るのではないかと感じることがあった」とのこと。
ポイントは、『気がつくこと』、それは『適度、適点』があることに対してです。
漸くアパートに戻りますが、部屋の作りにしても、人の生活の中の話ですから、『適点』があるはず。
コストを下げすぎないこと、過度にやりすぎないこと、無理を強いないこと、最も良いレベルをさがすことが、『家』作りに必要ですね。
『適度』を今年のキーワードにして、物事を考えて生きたいと思います。
[メリットとデメリットのバランス、長所と短所の取引、悪い事があれば良い事も有るなどなど、奥が深そうです。]
それから、昔を見て、今(我)を知る。[0カロリーの江戸時代にはまりそうです。]
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